2008年04月24日
絶滅の経緯
ここで目覚しい発展があったのですね。
これには驚くばかりです
1887年に初めて標本が一体採集されたのみであり、それ以降一度も発見されていない。生態や習性についても、全く不明である。32年後の1919年にその標本を基に新種として記載された(黒田長礼による)。しかしその時も、そしてそれ以降もミヤコショウビンは発見されていない。
最後に確認されてから50年間報告されなければ絶滅とみなす慣習に従えば、最初の標本が採集されて半世紀後、1937年に絶滅が確認されたことになる。
絶滅原因として、人間の活動によるマングローブ林の消失が挙げられている。ただし、そもそも独立種として存在していなかったという説もある。
実在に対する問題提議
本種はたった一つの標本しかない幻の鳥類とされてきたが、本当に実体として存在した種であるかは疑問が持たれている。
残された模式標本は、嘴の角質部が欠損しているため嘴部の色は不明だが、それ以外の体色はミクロネシアに分布するズアカショウビン(Halcyon cinnamomia)のグアム産亜種・アカハラショウビン(H. c. cinnamomia)と非常によく似ている。模式標本の脚はアカハラショウビンの黒に対して赤いという差異はあるものの、おそらく当標本がグアムで採取されていたならば、たいした疑問もなくアカハラショウビンとされたであろう。 そのため、宮古島に迷鳥としてやってきたか、人為的に持ち込まれたアカハラショウビンではないか、という説は根強い。 また、本標本のラベルには宮古島産とは記述されておらず「八重山産?」とあり、宮古島で採取されたという情報も実際の採取から何年もたった後の採取者への聞き取りによる情報である。そのため、そもそも産地があてにならず、元々グアムで採取された標本の可能性が高いとする意見もある。
仮に本当に宮古産が事実だったとしても、独立種ではなく、ズアカショウビンの亜種(H. c. miyakoensis)とされるべきであるという意見もある。
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